柄の悪い男のことを、“まるでヤクザ”などと訳した時に「“ヤクザ”は微妙なので“チンピラ”にしましょう」とチェックバックで指摘を頂いたことがあります。
ヤクザもチンピラも同じ“柄の悪い人”のイメージがありますが、なぜ“ヤクザ”が微妙だったのか考えてみたいと思います。
ポイントは“暴力団”なのかどうか
“ヤクザ”は社会通念上は“暴力団”
“ヤクザ”という言葉を辞書で調べると次のようにあります。
役に立たず、くだらいないこと。また、世の中の役に立たない人。とくに、ばくち打ち。対義語は堅気。三枚、というばくち打ちで、八・九・三の目が出ると負けになるところから「やくざ」。
『角川 必携 国語辞典』
これだけ見ると“柄の悪い男”を“ヤクザみたい”と言っても問題なさそうですが、辞書的な意味とは別に、“ヤクザ”は社会通念上“暴力団”を意味することが多いようです。
ヤクザ:暴力団員。【語源】花札博打で「八九三」の目が出ると二十になり、得点がない(ブタ)ことから、自ら何の値打ちもないものと、へりくだって言ったことからといわれているが真偽不明。
刑事弁護OASIS「今日のKEIBEN用語集一覧」
暴力団は一般的に「ヤクザ」とか「極道」などと呼ばれ、盃で交わした酒を「血」として擬制の親子・兄弟関係を結び、一家の親分(組長)のために尽くすことを誓うのです。
(財)長野県暴力追放県民センター「暴力団とは ヤクザの実態」
その他、警視庁や東京都のHPでもヤクザと暴力団を同格にしている記述が見られました。
つまり、“柄が悪いだけの男”を“ヤクザみたい”と言ってしまうと、不要なニュアンスをチラつかせてしまい、誤解を招く可能性があります。
また暴力団は“反社会的勢力”とも呼ばれていますので、安易に使用するのはリスクがありそうな気もします。
ちなみに“極道”も“暴力団”と同義
もともと“極道”は“道を極めた人”という仏教用語らしく、「任侠道を極めたい」と願うヤクザが生み出した自称とのこと。
暴力団のことを組織内部から肯定的に言う言葉なので、この言葉を使える状況もかなり限定されそうです。
極道:ヤクザそのもののこと。暴力団と呼ばれるのを嫌ったヤクザが生み出した自称。「任侠道」を極めるという意味で否定的なニュアンスはない。「ワシは若いころから極道してまんねん」。道をはずれると「外道」(げどう)といわれる。【語源】仏教用語の邪法の教えから。
刑事弁護OASIS「今日のKEIBEN用語集一覧」
“任侠”って?
“任侠”は辞書には“弱きを助け、強きをくじき、義理を重んじる男気”とありますが、“ヤクザ”と関連の深い言葉でもあります。
任侠:ヤクザの建て前。「侠客」(きょうかく)は任侠に溢れた男のこと。
刑事弁護OASIS「今日のKEIBEN用語集一覧」
“任侠ドラマ”などよく耳にする言葉ですが、日本の暴力団の抗争などをテーマにした作品を想起することが多いと思います。
暴力団員ではない人の生き方に“任侠”という言葉を使うと誤解が生じる可能性があるため、これもよく考えて使いたいと思います。
“柄が悪いだけの男”を何と言えばいいのか
“ヤクザ”が使えないなら、他にどういう言葉が使えそうなのか考えてみます。各言葉をグーグルで画像検索してみると、それぞれ違ったイメージが出てくるので面白いです。
チンピラ
“チンピラ”は実際に使用してOKだった経験がありますが、いま一度調べてみました。“ヤクザ”よりも使えそうです。
一人前ではないくせに、大物ぶってふるまう物をあざけって言う言葉。特に、不良少年少女や、使い走りのやくざなど
『角川 必携 国語辞典』
チンピラ:最下部の組員もしくは組員でもない周辺分子。【語源】最低の数詞の「チンケ」と平組員の「ヒラ」があわさったもの。
刑事弁護OASIS「今日のKEIBEN用語集一覧」
これを見ると下っ端の暴力団員である可能性もありますが、警視庁HPなどでも“チンピラ”という言葉がヒットせず、他のサイトでも“暴力団”と関連付ける記述がほとんど見られなかったことから、暴力団色はやや薄そうです。
ゴロツキ
ゴロツキは使いやすそうです。
きまった職を持たず、あちこちをうろつき、脅しなどの悪事を働く連中
『角川 必携 国語辞典』
弱みを持つ人をいつも狙いながら、ゆすりやたかりを働いたりする悪いやつ
『新明解国語辞典 第八版』
ヤンキー
10~20代くらいの若い男女に使えそうです。“不良”もいけそう。
1 米国人の俗称。元来は米国南部で、北部諸州の住民を軽蔑的に呼んだ語。
デジタル大辞泉
2 不良青少年。第二次大戦後、髪型やファッションなどで、米国の若者の風俗をまねた青少年をさして呼んだ語。
ヤンキーの前身(?)的な意味で“ツッパリ”もありますが、“ヤンキー”よりもやや昔の時代を感じるような気がします。使い方も限定的かもしれません。
荒くれ者
これも場合によってはアリかもしれません。
すぐけんかなどばかりする乱暴な男。
『新明解国語辞典 第八版』
ならず者
正業を持たず、世間の人を困らせるような悪いことばかりする人
『新明解国語辞典 第八版』
意味的には使えそうです。最近では“ならず者国家”という言葉のほうをよく聞きます。
無頼漢(ぶらいかん)
無頼漢という言葉は初めて知りました…勉強勉強…
きまった職業につかず、博打やたかりといった悪いことばかりしている乱暴な人。無法者、ならず者、ごろつき
『角川 必携 国語辞典』
時代劇や、やや時代を遡ってつづられた作品に記述が多そうです。
「…小千葉の道場に、無頼漢のような内弟子がいると言われたら何とする」
山岡荘八『坂本龍馬』
「痛えっ」と悲鳴を発しながら、無頼漢は三吉に足蹴りを試みる。
ひしぬま良秋『難波が燃える』
最後に
“ヤクザ”は社会通念上 暴力団と同義に近く、暴力団員ではない人を形容する時は一度立ち止まって考えてもいいかもしれません。
とはいえ、人によっては「“チンピラ”で出したら“ヤクザ”に直された」という人もいるので、絶対ではありません。
作品ごとに、クライアントの表記ルールや意向も踏まえ、その文脈に合った最適解を当てはめられるよう努めていきたいと思います。